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神戸地方裁判所尼崎支部 平成10年(ワ)556号 判決 1999年3月11日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金七八七万三五三三円及びこれに対する平成一〇年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が勝訴判決に基づき債権差押命令を申し立て、これに基づいて裁判所が第三債務者に右命令正本を特別送達したところ、郵便局員が右命令正本を第三債務者の私書箱に投函したため、送達が一日遅滞し、差押を察知した債務者が差押債権を回収したので、債権者たる原告が差押債権の券面額相当の損害を被ったとして、送達事務を行う国に対して国家賠償を請求した事例である。

一  前提事実

1  原告は、訴外糸井泰弘(以下「訴外糸井」という。)に対して有する債権一億三九六九万円の内金七二〇〇万円について弁済を求めるため、神戸地方裁判所尼崎支部に対して、(1)訴外糸井が訴外株式会社大和銀行(以下「訴外大和銀行」という。)に対して有する預金払戻請求権のうち五〇〇〇万円に満つるまでの部分について、訴外糸井を債務者、訴外大和銀行(塚口支店扱い)を第三債務者として、(2)訴外糸井が訴外株式会社日西殖産(以下「訴外日西殖産」という。)に対して有する給与支払請求権のうち二〇〇〇万円に満つるまでの部分について、訴外糸井を債務者、訴外日西殖産を第三債務者として、債権差押命令の申立を行った(甲三)。

2  右申立に対し前記裁判所は、平成一〇年四月一〇日、債権差押命令を行い、右命令正本は特別送達の方法により、尼崎北郵便局職員山下圭三、あるいは中島猛によって訴外大和銀行、訴外日西殖産にそれぞれ送達された(甲三、四、六)。

3  右特別送達郵便は同月一四日に訴外日西殖産、同月一五日に訴外大和銀行に送達されたが、訴外糸井は同月一四日、訴外大和銀行塚口支店に有する預金七八七万三五三三円を引き出した(特別送達郵便が平成一〇年四月一五日、訴外大和銀行に送達されたことについては当事者間に争いがなく、その余については甲六、八)。

二  争点及び争点に対する当事者の主張

本件の争点は、<1>郵便法六八条、七三条は国家賠償法五条の「別段の定」に当たるか、<2>当たるとすれば、郵便法が郵便物の取扱いにつき国の損害賠償責任を制限していることは憲法一七条の国家賠償請求権の規定に反しないか、<3>特別送達郵便を私書箱に投函して受取人の受領が一日遅滞したことが違法かであり、これについての当事者の主張は以下のとおりである。

1  郵便法六八条、七三条は国家賠償法五条の「別段の定」に当たるか。

(被告)

(一) 国家賠償法五条は「国又は公共団体の損害賠償の責任について民法以外の他の法律に別段の定があるときは、その定めるところによる。」として、特別法があるときはそれが優先され、民法の規定の適用は排除される旨定めているところ、郵便法には、郵便物の取扱いに係る損害の賠償について、郵便法第六章に諸規定があり、同法六八条において損害賠償責任が生じる範囲を限定するとともに、その場合の賠償金額を定め、同法六九条は郵便物の差出人や受取人に過失があった場合の免責を、同法七三条は損害賠償の請求権者を制限するなど、郵便業務の特殊性に鑑みて、その損害賠償責任の要件及び効果のいずれの点についても責任を軽減している。

したがって、郵便法第六章の責任軽減の諸規定は国家賠償法五条に定める「別段の定」に該当するから、これを優先的に適用すべきである。

(二) 原告の主張する被告の責任原因は郵便法六八条一項に列挙されているいずれの場合にも該当しないし、また、原告は郵便法七三条が規定する損害賠償権者である当該郵便物の差出人又はその承諾を受けた受取人に該当しないから、本件について被告は何らの責任も負わない。

(原告)

(一) 国家賠償法の損害賠償責任は過失責任原則に基づくものであるのに対し、郵便法六八条は国の無過失責任を認めるものである。このような両規定の性格の違いを考えると、郵便法六八条は民法や国家賠償法による責任とは別個に、同条列挙の場合には特別の無過失責任を負う旨定めたものであり、右規定の限定列挙も特別の無過失責任について限定する趣旨である。したがって、郵便法六八条は国家賠償法五条の「別段の定」には当たらないから、本件の場合に被告の国家賠償法による損害賠償責任は排除されない。

(二) 郵便法七三条は同法六八条の無過失責任の場合を受けて損害賠償請求権者を限定したものであるところ、原告はこれと異なり、過失責任に基づく国家賠償法による損害賠償を請求しているのであるから、本訴請求は郵便法七三条によって制限されない。

(三) 以上のとおり、本件における郵便局員の配達業務は公権力の行使に当たるから、本件については国家賠償法一条一項の適用がある。

2  郵便法が国の責任を限定することは国家賠償請求権を規定した憲法一七条に違反するか。

(原告)

(一) 郵便法六八条は、公務員たる郵便局職員の不法行為があっても原則として国がその被害者に対し損害賠償責任を負わないとするものであり、憲法一七条に違反する。

(二) 憲法一七条は要件を法律の定めに委ねているが、法律による国の全面的免責はもとより、合理的な理由のない賠償責任の制限は、憲法の定める基本的人権の尊重及び国家賠償制度が憲法上の不可欠の要素となっていることからして許されない。

(三) 郵便法六八条は、旧憲法下の国家賠償請求権が認められていなかった時代の旧郵便法三三条をほぼそのまま引き継いだ規定である。したがって、合理的理由の有無が検討されることなく規定された同条は、違憲無効である。

(四) 郵便法六八条を支える合理性として被告が主張するのは、郵便法一条の郵便事業の目的である「郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供することによって、公共の福祉を増進すること」であるが、郵便事業による利益は平成八年度で九四三億円にのぼっており、郵便局員の不法行為による損害賠償額が数百億円単位になることはあり得ないし、郵便事業程度の多様かつ膨大な事務処理を行っている私企業は多数存在することからすれば、郵便事業についてのみこのような責任限定を設けるのは合理性に欠ける。

(五) 郵便事業は国の独占事業となっており、利用者は郵便事業者を選択することができない。今日郵便が日常生活に不可欠のものであるにもかかわらず、国民は郵便制度の利用を強制されている。にもかかわらず、他方では郵便局員が郵便物を盗取、横領、毀損した場合にも国は郵便利用者に対する一切の責任を免責されることになり、極めて不公平、不合理である。裁判所による送達の場合には、送達実施機関は執行官を除いては郵便を利用することが法律上強制されているから、右不合理は一層明白である。郵便局職員の故意過失による損害を回避する手段は全く与えられていない。

(被告)

(一) 郵便法六八条は、賠償すべき場合を限定列挙して規定し、普通郵便物の損害や書留郵便物の延着による損害は賠償請求の対象とはしていないが、これは、郵便事業が多様な郵便物を膨大に取り扱うものであるから、その事業遂行過程で生じた損害について全て賠償責任を認めるとすれば、右郵便事業の目的を達成することができないからである。

(二) 郵便法七三条は、郵便事務について損害賠償請求を行いうる者を差出人又はその承諾を受けた受取人に限定しているが、これは、国の行う郵便事業が郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供されることを目的としているところ、郵便物の差出人及び受取人以外の郵便料金を負担しない者は、郵便物の取扱いについて国と私法上公法上の契約関係に立つ者でもなく、また、通常郵便物の内容も知り得ない者であるから、このような者にまで広く損害賠償を認めるとすれば、右のような郵便事業の目的を達することができないという理由に基づくものである。

(三) 憲法一七条は法律による具体化を前提にしており、立法化に当たり、国家賠償請求権を一般的に定めた国家賠償法に比して、国などの賠償責任を軽減、加重する場合があり得ることは憲法の容認するところである。郵便法六八条、七三条は、右に見た郵便事業の目的、性質に鑑みて、国の賠償責任を軽減しているのであり、憲法の容認するところである。

3  特別送達郵便物を私書箱に投函され、同時に投函された他の郵便物より配達が遅滞したことは違法か。

(原告)

(一) 本件差押命令正本の送達は特別送達郵便物として郵便法六六条及び民事訴訟法一〇三条に基づき「送達を受けるべき者の…営業所」において行うべきところ、これと異なり私書箱に投函して放置したのは違法である。

(二) 郵便物取扱いの迅速性の要請からは、郵便物の発送から到達には配達に通常必要な期間が考えられ、郵便局員はその期間内に配達を終える義務を負う。同一郵便局管内かつ同一町内の二丁目(大和銀行塚口支店)と三丁目(日西殖産)の違いの場合に、郵便物の到達に一日の差異が生ずるのは延着にほかならない。

(被告)

(一) 本件郵便物は平成一〇年四月一五日に、大和銀行塚口支店において、同支店勤務の勝丸多嘉子に交付して送達されており、郵便局職員が私書箱に投函して放置した事実はない。

(二) 特別送達郵便物の取扱いについては郵便法六六条、郵便規則一一九条、一二〇条に定められているが、翌朝郵便の特殊取扱い(郵便規則一二〇条の六)等とは異なり、引受けを行った日から何日以内に配達しなければならないといった配達日に関する定めは存在しない。

(三) 原告の主張する配達に通常必要な期間を超えたとはいかなる基準に基づくのか不明である。

第三  争点に対する判断

一  郵便法六八条、七三条は国家賠償法五条の「別段の定」に当たるか。

1  原告は本件において問題とされる郵便局員の特別送達郵便物の配達業務は、公権力の行使に当たり、国家賠償法一条一項が適用されると主張するので検討する。

郵便配達業務は郵便事業を行う国が郵便差出人との私的契約関係に基づいて行われる業務であって、私人間の物品運送契約に基づく業務と変わるところがないから、郵便局の公務員が行う郵便配達行為は、国家賠償法一条一項に規定する「公権力の行使」には該当しないというべきである。したがって、右配達業務に従事する公務員がその業務を行うにつき、故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合については、同法一条一項の適用はなく、同法四、五条によれば、右の場合の国の損害賠償責任については原則として民法の規定によるべきであり、民法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めによることになる。

2  ところで、郵便法は第六章「損害賠償」として郵便物の配達業務の過程で生じた損害については同法六八条において、賠償すべき場合として、(1)書留郵便物の全部又は一部の亡失ないし毀損、(2)引換金を取り立てないで代金引換とした郵便物の交付、(3)小包郵便物の全部又は一部の亡失ないし毀損、を挙げ、同条二項において、右の各場合の損害賠償額を限定し、さらに同法七三条において、損害賠償請求権者は(1)当該郵便物の差出人、(2)(1)の承諾を受けた受取人とすると規定する。

右について、原告は、六八条は郵便物の配達過程で生じた損害につき無過失であっても責任を負うべき場合を規定したものであって、国家賠償法による損失責任の追求(前記1によれば、民法によることになる。)を排除するものではなく、七三条は右六八条の請求権者を限定したものにすぎず、国家賠償法(民法)の請求権者を限定するものではないと主張する。

しかし、郵便法六八条は、前記に見たとおり、郵便物の配達業務の過程で生じた損害につき賠償すべき場合として前記(1)ないし(3)を挙げており、これにつき、「右の場合には」ではなく「右の場合に限り」と規定して限定列挙である旨明言しているから、かかる文言に徴すれば、郵便法六八条は国家賠償法の「別段の定」に当たり、同法各規定ないし民法に優先して排他的に適用されるものと解すべきである。

進んで、右六八条を含む郵便法第六章の諸規定について検討するに、我が国においては、郵便事業が公共性を有し、かつ、情報通信事業において最も重要な一部分をなすことから、これを国の独占事業とし、多様かつ膨大な量の郵便物授受の役務を、あまねく、公平に、可及的低料金で(郵便法一条)、簡便、迅速かつ円滑に提供することとしたのである。右事業の過程で生ずる郵便物に関する損害について、民法の規定に従い事業提供者である国が全て賠償責任を負うものとすれば、危険負担コストが増大することになる。また、郵便物の利用内容は多種多様であり、その利用によって利用者の享受する経済的価値が大小様様であることから、配達業務に伴う事故(これについても事故態様が亡失、毀損、誤配、遅配など様様である。)により利用者が受ける損害も様様であるため、賠償額が高額になることが予想される。さらに、郵便物の配達につき、事実上の影響を受ける者は多数に上り、損害が無限に拡大する虞れがある。郵便法が前記のとおり第六章「損害賠償」として六八条以下に規定を設け、損害賠償をなすべき場合、その賠償金額、右請求権者をそれぞれ限定する趣旨は、郵便料金の可及的低料金の原則に則り、郵便事業を円滑に遂行する点にあると解される。したがって、右の見地からすれば、郵便法第六章の諸規定が国家賠償法ないし民法の規定に優先して排他的に適用されるべきものとして規定されたものであると解するのが相当である。原告の主張するように、郵便事業遂行過程で生じた過失による損害を国家賠償法ないし民法により全て賠償すべきことを前提に、さらに無過失による損害についても郵便法六八条所定の場合には七三条の請求権者に対して損害賠償に応ずる趣旨であると解するものとすれば、右郵便事業の低廉かつ円滑な遂行を著しく阻害する結果となる。

したがって、郵便法六八条、七三条は国家賠償法五条に定める民法以外の他の法律の「別段の定」に該当するものというべきであって、郵便物に関する損害賠償については、第一次的に郵便法六八条、七三条が適用になるものであり、被告たる国は七三条所定の者以外の者が請求する場合や六八条一項各号に定める場合以外については、郵便物に関し損害賠償責任を負わないものと解するのが相当である。

二  郵便法が国の責任を限定することは国家賠償請求権を規定した憲法一七条に違反するか。

憲法一七条は公務員の不法行為により損害を受けた者に対する国又は公共団体の賠償責任については、要件、効果、その手続等を具体的に定めることを法律に委任しており、右要件、効果の内容については当然に立法機関である国の幅広い裁量に委ねられているから、憲法一七条を受けて制定された法律の規定が公務員の不法行為についての国等に対する損害賠償請求権を無条件、無限定に否定する。ないしは殆ど否定するに等しいような著しく不合理な内容であって、国会に与えられた立法裁量の範囲を逸脱していることが明らかな場合を除き、当該規定が国等の損害賠償責任を制限する内容であるからといって、直ちに違憲無効の問題を生ずるものではない。

これを郵便法六八条、七三条の規定についてみるに、郵便法六八条、七三条は前記に検討したとおり、郵便事業に伴う危険負担コストを可及的低廉に押さえつつ、なるべく安い料金で、あまねく、公平に郵便の役務を提供するという目的に沿って郵便事業を簡便かつ円滑に遂行するために、郵便物に関する損害について国が賠償責任を負う場合及び賠償金額、請求権者が制限しているのであって、前記の郵便事業の特質を考慮すれば、右制限には合理性があるというべきである。

原告は、郵便事業の国家独占により、裁判所による送達事務も郵便の利用が強制され、郵便配達従事者による横領等の危険に常にさらされているのは不当であるから、郵便法六八条が損害賠償をなし得る場合を制限するのは著しく合理性を欠くと主張する。しかしながら、郵便物の亡失、毀損による損害は、郵便物を書留郵便に付すことにより回復する途が与えられているから、郵便事業の国家独占を主張するのは失当というべきであり、このことを理由として郵便法の規定が著しく合理性を欠くということはできない。また、裁判所による送達の場合には、書留郵便物の保護が与えられるから、申出額の賠償を受けることができ、憲法一七条に規定する国等に対する賠償請求権を否定するような結果となるものでもない。したがって、郵便法六八条は、それ自体著しく不合理であるため違憲無効であると解することはできない。

さらに、郵便法七三条は郵便事務について損害賠償の請求権者を限定しているが、同条がこのように規定するのは、郵便物の差出人及び受取人以外の者は、郵便物の取扱いについて、国と私法上公法上の契約関係に立つ者でもなく、また、郵便料金を負担する者でもない上、通常郵便物の内容も知り得ない者であることから、このような者にまで広く損害賠償請求を認めるとすれば、前記の郵便事業の目的を達成することができないからである。したがって、郵便法七三条についても、同条自体著しく不合理であるため違憲無効であると解することはできない。

三  本件において原告が主張する国の責任原因は、郵便法六八条一項各号のいずれにも該当せず、また、原告は郵便法七三条に規定する損害賠償の請求権者のいずれにも該当しないから、原告に生じた損害について国に賠償することはできないこととなる。

四  以上によれば、原告の被告に対する請求は、その余について判断するまでもなく、失当である。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

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